ナチョ・ドゥアト「踊りと音楽は魂を治癒する音楽」
▲「ナチョ・ドゥアト-マルティプリシティ」中。バッハの「無伴奏チェロ組曲1番」をバッハが女性をチェロにして演奏する姿で表現するのが非常に美しい。(c)ユニバーサル・バレエ団
ユニバーサル・バレエ(団長ジュリア・ムーン)の<ナチョ・ドゥアト-マルティプリシティ>がLGアートセンターで4月25日から27日まで公演された。
<ナチョ・ドゥアト-マルティプリシティ>は創立30周年をむかえたユニバーサル・バレエが<Na Floresta>(2003)、<Duende>(2005)に続き7年ぶりに世界的な振付師ナチョ・ドゥアトとともにする三回目の作品だ。 多くのモダンバレエ作品を韓国国内に紹介してきたユニバーサル・バレエだが、今回の<マルティプリシティ>のように2時間の全幕モダンバレエをするのは初めてのことで期待を集めた。
「音楽の父」と呼ばれるヨハン・ゼバスティアン・バッハ(Johann Sebastian Bach、1685～1750)の音楽に踊りを付けた<ナチョ・ドゥアト-マルティプリシティ>はバッハの生涯が踊りに溶けたと言うほど期待される名作中の名作だった。
対位法で「フーガ」という厳格な形式を完成したバッハの音楽はどんな音一つも存在の理由がある。 それゆえ、そのような厳格な音楽に踊りを合わせるということは高度な感覚と技術を要する難しい作業だ。
<ナチョ・ドゥアト-マルティプリシティ>はバッハの数多くの音楽のうちナチョ・ドゥアトが苦心して選別した23曲の音楽と踊りだけで特別なあらすじなくとも人間バッハの一生をドラマ的に表現しきっていた。 主なキャラクターはバッハと女性、白い仮面をかぶった女性の三人だが、女性は初恋である音楽を象徴して、白い仮面の女性はバッハの音楽を威嚇して破壊する存在あるいは死を意味する。
1部「マルティプリシティ(Multiplicity、多様性)」の音楽はプロローグと13個のエピソードで構成される。 言葉どおりバッハの多様な音楽を独舞、2人舞、群舞など多様な動作と構造で表現した。 バッハの一生は彼が生きた場所別に計五つの時期に区分されるが、1部はバッハの四番目の時期であるケーテン時代(1717～1723)に宮廷楽長で過ごしながら作曲した器楽音楽を中心に、躍動的で力あふれる踊り。軽快でエネルギーがあふれる。 プロローグでは<ゴルトベルク変奏曲 BMW 988 Prologue>のきれいなピアノ旋律を背景にバッハ(エフゲニー・ヒサムトゥディノフ)が登場する。
▲ 「カンタータBWV 205」中「AEOLUS」はダンサーがオーケストラ楽器となる活気に満ちた多様な動作で表現する。(c) Fernando Marcos
<カンタータBWV 205中AEOLUS>はバッハが宮廷楽団を指揮する姿を躍動的な踊りで表現していて非常に印象的だ。 バッハの指揮の下18人の男女のダンサーがオーケストラの楽器のように一糸不乱にバロック的な躍動性と力が感じられる音楽に合わせて多様な動作を繰り広げる。 各自「Z」字形の椅子の上で椅子を腕で支えて足を合わせて様々に動いたり、からだをぱっと開き上にジャンプしたりもする。 音楽のはやいテンポを追いかけて行くのは難しいはずだが決して遅くなったり遅れをとることがない。 音楽に合わせて踊りで表現するのではなく踊り自体が音楽を見せるような部分だ。
有名な<無伴奏チェロ組曲第1番 ト長調 BWV 1007>中「序曲」に合わせてバッハがチェロを演奏する。 バッハが女性(キム・ナウン)をチェロにみたてて演奏する姿にペク・ナムジュン（ナム・ジュン・パイク）とシャーロット・モーマンのチェロ パフォーマンスが思い浮かんだりもする。 スーラの部分に合わせて女性はからだを下げたり上げたりを繰り返す。 バッハは弓で女性のからだと脚、腕、胸を細かく起こし、女性は座ったり起きたりからだを転がし再びバッハを抱いてチェロとなる。 非常にエロティックながらもバッハの音楽に対する愛が踊りの動作でよく表現される演出だ。
<管弦楽組曲 第2番ロ短調>に合わせて二人の男性(チン・ホンジェ、キム・テソク)が上着を脱いだまま18世紀バロックのパッチコートを着てデュエットを踊り、後半部にはバッハとともにトリオで踊る場面も戯画的だ。 <ブランデンブルク協奏曲 第3番ト長調BWV 1048>では速射砲のようにはやいテンポの16分音符の疾走を赤、緑、青の服を着た10人のダンサーのはやい動作の群舞で表現。非常にパワフルで多様だ。 <4台のチェンバロのための協奏曲 BWV 1065>に合わせて豊かなドレスを着た女性がカンタータの祭りを行ったりもする。
<ピアノ協奏曲5番へ短調BWV 1056> 「ラルゴ」に合わせて白い仮面をかぶって黒い服を着た「死」のキャラクターがバッハと踊る。 次に<2つのヴァイオリン協奏曲二短調BWV 1043>ではヴァイオリンの「弓」がフェンシングの「剣」として比喩され二台のヴァイオリンの間の力の衝突と均衡が男性たちがフェンシングを踊る場面で表現されて印象深い。 <カンタータBWV 115>中「メヌエット」では舞台左側の非常に長い長方形の布に青い照明でみせる、後ろの影の形態での女性ダンサーの踊りがきれいだ。
▲ 「カンタータBWV 21」ではバッハと女性、白い仮面の「死」のキャラクターでバッハ晩年の苦悩が表現される。(c)ユニバーサル・バレエ
2部「沈黙と空の形状(Forms of silence and Emptiness)」はバッハの晩年と死に焦点を合わせたドラマで、1部の軽快な雰囲気とは対照的だ。 音楽は特にフーガ中心に厳粛さと死の雰囲気が流れる。
バッハは9才で父親を、10才に母親まで失う。また自身の20人の子供のうち10人は乳児の時に失い、彼自身は65才で死ぬ前に視力まで失うことになる。 1部がバッハ全盛期の多様で有名な音楽にインスピレーションを受けて活気に満ちた躍動的な面とするならば、2部はフーガ技法研究でより一層厳格になって複雑になった音楽とそれにともなう暗い人生の面を踊りで表現した。
<フーガの技法BWV 1080>中「Contrapuntus」が流れる中で黒服の4名の男性ダンサーが音楽の各パートのような対位法的な動きが印象的だ。 <トッカータとフーガ二短調BWV 538>は黒色の武士のような服を着た7人の男性ダンサーの場面なのに、一番最後に一人のダンサーが左側から右側にからだをひるがえしながら残りの六人を横切って押し倒す姿が音楽の壮烈な終わりと似ていている。
<合唱曲Mach’s mit mir,Gott,nach denir Gul>では女性とバッハの踊りが、<カンタータBWV 21>ではバッハと女性、死(ホン・ヒャンギ)の三人の踊りが続く。 <カンタータBWV 21>中「嘆き、涙、憂い、苦痛」では二人の男性ダンサー(ハン・サンイ、チン・ホンジェ)の踊りで衝突して葛藤するバッハの内面を表現する。
2部の最後の二つの大きな課題はバッハの最後の作品である未完成フーガを背景にバッハの最後の死を表現する。 <フーガの技法BWV 1080>中「アリア」では舞台右側に天井から降りてきた青い色帯が回転して男女18人の群舞とともにバッハは苦悩し結局白い仮面の「死」と踊る。
▲ 「フーガの技法BWV 1080」中「Final Fugue」は五線譜を表現する大型構造物の上でダンサーが音符のように位置して動き強い印象を残す。(c)ユニバーサル・バレエ
<フーガの技法BWV 1080>中「Final Fugue」は壮厳さに崇高さまでがより増す。 舞台後壁に五線譜形態の構造物にダンサーがそれぞれ青や赤の照明を受けて音符になって立っている。 舞台右側病床に横になったバッハは自身の最後の作品を五線譜に描いて4成部フーガの各パートが独立的に動くように最後まで形状を描き出す。 偉大な作曲家バッハの最高力作を踊ることで擬人化して「フーガ」技法をからだの動きで表現するが、晩年に視力を失ったバッハが想像した音楽の姿が舞台で感じられていた。
彼は最近セウォル号事件に対して「踊りと音楽は魂を治癒する食べ物と同じだといいます。 言葉で表現できない悲しみに、小さな治癒になればと願います」という慰労の話をジュリア・ムーン団長の公演開始前の解説を通じて伝えることもした。
「バッハの偉大な音楽に私の「汚い手」を当てるのが申し訳ない。 バッハが怒らないことを願って、バッハと対話した」とナチョ・ドゥアトは話した。 スペイン出身で以前にバッハの音楽で振りつけをしてみたことがないナチョ・ドゥアトがどうやってこんなふうに音符一つ一つまでも舞踊と一致する高貴で美しい作品を作ったのだろうか。 おそらくバッハに対するそのような尊敬の心、自身を低くする謙虚な心が受けたプレゼントではないだろうかと思う。
ユニバーサル・バレエは次期作品で6月13日から17日まで<ジゼル>を公演する。 今年下半期には9月27日から28日枝<バレエ春香（チュニャン）>を、年末には12月19日から31日まで<くるみ割り人形>を公演する。
【Oh my News】
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